ああ・・過ぎゆく日々の戯れ言よ・・・
フードを深く被った男が執務室に現れる。その男は深々と頭を垂れて教皇に収まったアイオロスの側に控え目に付いた。彼は仕事でアイオロスがふと躓けば粛々と複雑なる仕事の示唆を出しゃばることなくする。彼が口を開くのはその時だけ。彼は…神官だ。ふと表情が見たくなってアイオロスがフードに隠れる彼を見た。その視線に気が付いた彼はそっと微笑を浮かべたのち、無言で仕事をこなす。その頑なさに声などかけられようものもない。粗方執務が終わり彼が無言で恭しく腰を折り退室をする。すれ違った者が彼を見て唾棄するような視線を送った。アイオロスの胸がずしりと重くなる瞬間だ。
(もう、良いだろうに…)
人は残酷だと思う。例えば彼の過去の過ちで被害を被った者が彼を忌々しく思うのなら仕方がないとは思う。…そう、彼はそれくらいのことはしたのだ。それはどうしたって仕方ない事なのだ。だけれど、だけれど…そうでない者が彼を乏しめるのは苦虫を噛んだような心地になる。この立場についてふと過去を色々調べてみれば…もちろん、到底許されない事も少なくはなかったが、彼が良き教皇として振る舞っていた事が殆どだった。それはそうだろう、でなければあの子ら達がとっくに気が付いている。彼らを長年騙しきる程に、サガの教皇振りは見事なものだったのだろう。でなければ…たとえ事情を知ったからと言うだけで、あの3人が荷担する事も無かった筈だ
(やれやれだ)
仕事を終えると肩をこきこき鳴らし、教皇宮から薔薇の道を歩く。長い階段を下り自宮をも通り過ぎてまた更に降り暫くしてから横道を逸れた。そう、彼の寝床は今や双児宮ではない。今の彼には黄金十二宮の、この階段を歩く資格は剥奪されている。長いローブの下には枷が。小宇宙を奪われた上に 動きを鈍くする為、それと何かを起こそうとした場合直ぐに制圧出来るようにと特殊な枷が付けられた。アイオロスには分からない。何故そんな屈辱を甘んじて受け入れてまでここに残ったのか。女神に罪を赦されたのならば、自由に世界を見て回れば良いのに。窮屈に針のムシロに留まることなど無いのにと。
「サガ」
声を掛けてから扉を開ければ粗末なテーブルで食事を前に彼が虚ろになっていた。
ため息をこっそりと吐いて、そっと彼の向かいに腰掛ける。燭台の灯火がふわっと揺らめくと彼が微笑を浮かべた。そして何食わぬ顔で食事を始める。ゆっくりと、ゆっくりとスープを一口ずつ口へと運んだ。そんな彼にアイオロスは話しかける。答えが返って来ないことを承知で。
「サガ、なぜ追放を言い渡されたのにここに残った。なぜそこまでして聖域に拘る」
彼は答えずに小さくパンを千切った。食欲など無いのだろう、暫く躊躇ってから口にやっとの事でしまい込んだ。そして次のパンを小さく千切る
「過去に拘るな。お前の罪は払拭されたよ、俺がココにいるのが良い例だ。シオン様だって甦ったじゃ無いか」
「……………………」
サガは無言を貫いていたが、どうしても食事を口に運ぶことが出来なくなったようでゆっくりした動作で片付けを始めた。どうやら地雷を踏んでしまったらしい。彼が席を立ち恭しく頭を垂れて無言で教皇の退出を願った。なのでアイオロスはため息を吐いてその場を立った。いや、正確には立ったフリをした。気配を消して近くで彼の小屋を眺めた。
(やっぱりな…意地っ張り!)
暫くすれば家の明かりを消した後、サガが満点の星空の下一心に祈りを始めた。頭を石に擦り付けて身を細かく震わせていた。…泣いているのだ。そう、これは正確には祈りではない。サガは身を震わせて泣きながら謝り続けているのだ。ごめんなさい、ごめんなさいと。それは途切れることなくずっと続く。それはまるで跳び続けるレコードの針のように 毎夜、それはくり返される。そう、毎夜必ず。
「誰に謝っている?」
堪らず彼の後ろに立って聞いてみれば、彼は震える声で分かるだろう?と答えた。
そう、女神の恩情で甦ったのは聖闘士と一部の者。だから彼が秘密を守るため殺めた命全てが戻った訳ではない。…だけれど。アイオロスが彼を見下ろせば彼が泣きながらニコリと笑う。それがやり切れなくてアイオロスは俯いた
「だが、俺にまで謝るなよ。俺は生き返ったんだし、恨んじゃいないよ」
だが、サガは泣きながらコクリと頷いただけだった。嘘だ アイオロスはそれが痛いほど分かった。サガはいつもこうだった。辛いときほど嘘を付く。それはそれは昔から見事な微笑で隠したものだった。そう、それは今でも変わりはしない。
「ならば…」
そう、サガはアイオロスを見る度に罪を感じずにはいられなかった。だけれどそれをアイオロスに悟れらぬように微笑で隠した。ほら、この罪人は厚顔にも殺した相手に微笑を浮かべているぞ?大手を振って笑っているではないか。油断などするな、何時寝首をかかれるか分かった物ではないぞ …と思わせる為に。サガは恨まれたかった。この世のあらゆる者に。自分は赦されるような者ではない。だから怒りを買うように何気なく振る舞った。聖域を何食わぬ顔で練り歩き揶揄の中を生きるのだ。その内に誰かが私を殺してくれるかも知れない。恥知らずと。そう罵られながら逝くことが出来たなら、それが一番自分に相応しい死だと思った。それ以外に自分が生きる意味など何があろう?女神により命を賜り、それを捨てる訳にもいかず。何を持ってして生きれば良い?そうだ、自分はまだ赦されてはならぬ。ならば自分は罪に相応しい罰を受けねばならぬと。
「ならば俺も友のため謝るか。サガが早く赦して貰えるように」
幾千の星が瞬く。サガが泣きながらボソリと言った。
「………………友?友ならば殺さなかったろうな、あの時。友ではない」
アイオロスが笑う。やっとこっちを向いたな、と微笑んだ
「では俺が一方的に友と決めつける。サガ、俺はもう赦してる」
サガが微笑んだ。それは綺麗だった。嗚咽を孕んだ声で彼が言う
「…では私は友を殺した。自分の保身の為に そんな者を赦すなど愚の滑稽」
「でもな、」
アイオロスが慈愛を持った笑みでサガを見る。金星が煌々と輝いた もう、夜が明けるのだ
「でも、もう俺は赦しているから」
サガの顔がくしゃりと歪んだ。嗚咽と共に済まないがくり返される 手が一心に合わさって尊い祈りが捧げられる。終わらない贖罪はいつまで続けられるのだろうか。
アイオロスはサガの髪をゆっくりと撫でた。ひとひらの光が射し込んで夜明けを告げる。彼らの黄金たる象徴でもある太陽が荘厳に光を届けた。明けぬ夜は無い でも。
サガがアイオロスにニッコリと笑う。ああ、とアイオロスは思う。彼の夜はいつ明けるのだろう?
サガは美しい夜空のようだと思った。綺麗なまんてんのほしぞら それは漆黒で静寂なる闇に散りばめられたひかり。キンと澄み渡った寂しい空に瞬き続けるほしのひかり
すこしくらい汚れてしまえばいいのに。
そんな事を思ってしまうのは、いけないことだろうか?とアイオロスは思う
**************
BLでも何でもねぇな。あらしのよる の続き ロス&サガ編。
聖域追放なのに粘って聖域に留まったサガさんはMです。偽善者です(笑)
(もう、良いだろうに…)
人は残酷だと思う。例えば彼の過去の過ちで被害を被った者が彼を忌々しく思うのなら仕方がないとは思う。…そう、彼はそれくらいのことはしたのだ。それはどうしたって仕方ない事なのだ。だけれど、だけれど…そうでない者が彼を乏しめるのは苦虫を噛んだような心地になる。この立場についてふと過去を色々調べてみれば…もちろん、到底許されない事も少なくはなかったが、彼が良き教皇として振る舞っていた事が殆どだった。それはそうだろう、でなければあの子ら達がとっくに気が付いている。彼らを長年騙しきる程に、サガの教皇振りは見事なものだったのだろう。でなければ…たとえ事情を知ったからと言うだけで、あの3人が荷担する事も無かった筈だ
(やれやれだ)
仕事を終えると肩をこきこき鳴らし、教皇宮から薔薇の道を歩く。長い階段を下り自宮をも通り過ぎてまた更に降り暫くしてから横道を逸れた。そう、彼の寝床は今や双児宮ではない。今の彼には黄金十二宮の、この階段を歩く資格は剥奪されている。長いローブの下には枷が。小宇宙を奪われた上に 動きを鈍くする為、それと何かを起こそうとした場合直ぐに制圧出来るようにと特殊な枷が付けられた。アイオロスには分からない。何故そんな屈辱を甘んじて受け入れてまでここに残ったのか。女神に罪を赦されたのならば、自由に世界を見て回れば良いのに。窮屈に針のムシロに留まることなど無いのにと。
「サガ」
声を掛けてから扉を開ければ粗末なテーブルで食事を前に彼が虚ろになっていた。
ため息をこっそりと吐いて、そっと彼の向かいに腰掛ける。燭台の灯火がふわっと揺らめくと彼が微笑を浮かべた。そして何食わぬ顔で食事を始める。ゆっくりと、ゆっくりとスープを一口ずつ口へと運んだ。そんな彼にアイオロスは話しかける。答えが返って来ないことを承知で。
「サガ、なぜ追放を言い渡されたのにここに残った。なぜそこまでして聖域に拘る」
彼は答えずに小さくパンを千切った。食欲など無いのだろう、暫く躊躇ってから口にやっとの事でしまい込んだ。そして次のパンを小さく千切る
「過去に拘るな。お前の罪は払拭されたよ、俺がココにいるのが良い例だ。シオン様だって甦ったじゃ無いか」
「……………………」
サガは無言を貫いていたが、どうしても食事を口に運ぶことが出来なくなったようでゆっくりした動作で片付けを始めた。どうやら地雷を踏んでしまったらしい。彼が席を立ち恭しく頭を垂れて無言で教皇の退出を願った。なのでアイオロスはため息を吐いてその場を立った。いや、正確には立ったフリをした。気配を消して近くで彼の小屋を眺めた。
(やっぱりな…意地っ張り!)
暫くすれば家の明かりを消した後、サガが満点の星空の下一心に祈りを始めた。頭を石に擦り付けて身を細かく震わせていた。…泣いているのだ。そう、これは正確には祈りではない。サガは身を震わせて泣きながら謝り続けているのだ。ごめんなさい、ごめんなさいと。それは途切れることなくずっと続く。それはまるで跳び続けるレコードの針のように 毎夜、それはくり返される。そう、毎夜必ず。
「誰に謝っている?」
堪らず彼の後ろに立って聞いてみれば、彼は震える声で分かるだろう?と答えた。
そう、女神の恩情で甦ったのは聖闘士と一部の者。だから彼が秘密を守るため殺めた命全てが戻った訳ではない。…だけれど。アイオロスが彼を見下ろせば彼が泣きながらニコリと笑う。それがやり切れなくてアイオロスは俯いた
「だが、俺にまで謝るなよ。俺は生き返ったんだし、恨んじゃいないよ」
だが、サガは泣きながらコクリと頷いただけだった。嘘だ アイオロスはそれが痛いほど分かった。サガはいつもこうだった。辛いときほど嘘を付く。それはそれは昔から見事な微笑で隠したものだった。そう、それは今でも変わりはしない。
「ならば…」
そう、サガはアイオロスを見る度に罪を感じずにはいられなかった。だけれどそれをアイオロスに悟れらぬように微笑で隠した。ほら、この罪人は厚顔にも殺した相手に微笑を浮かべているぞ?大手を振って笑っているではないか。油断などするな、何時寝首をかかれるか分かった物ではないぞ …と思わせる為に。サガは恨まれたかった。この世のあらゆる者に。自分は赦されるような者ではない。だから怒りを買うように何気なく振る舞った。聖域を何食わぬ顔で練り歩き揶揄の中を生きるのだ。その内に誰かが私を殺してくれるかも知れない。恥知らずと。そう罵られながら逝くことが出来たなら、それが一番自分に相応しい死だと思った。それ以外に自分が生きる意味など何があろう?女神により命を賜り、それを捨てる訳にもいかず。何を持ってして生きれば良い?そうだ、自分はまだ赦されてはならぬ。ならば自分は罪に相応しい罰を受けねばならぬと。
「ならば俺も友のため謝るか。サガが早く赦して貰えるように」
幾千の星が瞬く。サガが泣きながらボソリと言った。
「………………友?友ならば殺さなかったろうな、あの時。友ではない」
アイオロスが笑う。やっとこっちを向いたな、と微笑んだ
「では俺が一方的に友と決めつける。サガ、俺はもう赦してる」
サガが微笑んだ。それは綺麗だった。嗚咽を孕んだ声で彼が言う
「…では私は友を殺した。自分の保身の為に そんな者を赦すなど愚の滑稽」
「でもな、」
アイオロスが慈愛を持った笑みでサガを見る。金星が煌々と輝いた もう、夜が明けるのだ
「でも、もう俺は赦しているから」
サガの顔がくしゃりと歪んだ。嗚咽と共に済まないがくり返される 手が一心に合わさって尊い祈りが捧げられる。終わらない贖罪はいつまで続けられるのだろうか。
アイオロスはサガの髪をゆっくりと撫でた。ひとひらの光が射し込んで夜明けを告げる。彼らの黄金たる象徴でもある太陽が荘厳に光を届けた。明けぬ夜は無い でも。
サガがアイオロスにニッコリと笑う。ああ、とアイオロスは思う。彼の夜はいつ明けるのだろう?
サガは美しい夜空のようだと思った。綺麗なまんてんのほしぞら それは漆黒で静寂なる闇に散りばめられたひかり。キンと澄み渡った寂しい空に瞬き続けるほしのひかり
すこしくらい汚れてしまえばいいのに。
そんな事を思ってしまうのは、いけないことだろうか?とアイオロスは思う
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BLでも何でもねぇな。あらしのよる の続き ロス&サガ編。
聖域追放なのに粘って聖域に留まったサガさんはMです。偽善者です(笑)
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